「今回は少しばかり特殊なケースでして・・・数人の男に嗅ぎまわられているらしいのです」
大方、女に頼まれた雇われ人というころだろう。
話を聞き終えて真夏は溜め息を吐いた。
「それで、警察には?」
「話していませんよ。過去に話したことはありましたが、善処は望めませんしね?」
それは真夏もよく知っているし、よくわかっている。
だが、まだ分からない事の方が多かった。
「俺が言うのもなんだが、なんで俺なんだ?」
二十代前半でありながら童顔で小柄な体格。
見えて高校生ぐらいの容姿。
役職の身体基準もギリギリであり、いくら警察とはいい、自分は強そうに見えない。
奏は苦笑した。
「貴方は確かに、見た目は僕より弱そうだ」
ハッキリと言ってくれるな・・・
「だけれど、何となくわかるんです。貴方は優しい人ですから」
ズバリと言われて真夏は妙に照れくさくなった。
だが、奏は真剣な目で見返してくる。
「それに、周りに刑事さんがいた方が、現行犯逮捕はできますよね?」
「・・・。」
「お願いです、助けてください」
真夏は言葉が思いつかなかった。
ただ、頭を下げる相手を見返すだけ・・・
その姿を見ているとしばらく忘れていた疑問が甦ってきた。
(そういえば、)
なぜ自分は刑事になったのか・・・?
『お兄ちゃん、なんだかそれっぽいよね』
昔に弟がそう言ったのを思い出す。
『そうか?』
『うん、なんだかとってもカッコよく見えるときがあるっ!』
キラキラとした純粋な目でそう言われて、真夏もまんざらでもなかった。
真夏は弟である真冬を誰よりも可愛がっていた。
弟が頼りないから自分がしっかりしなければならなかったし、何より血を分けた唯一の兄弟である。
『オレの探し物とか見つかるまで一生懸命に探してくれるしさ、お兄ちゃんの根性はスゲーと思うよ』
『いやそれは普通かと思うが・・・』
『あ、でも、人と話す時は丁寧にですます語で喋らないと、警察手帳持ってるときにそんな調子だったら怖がられるぜ?』
『結局はそれが言いたかっただけだろ?』
『あははっ』
その後に真夏は警察の仲間入りとなったのだが、きっかけは弟の言葉だったのかもしれない。
真夏の就職には両親も歓迎してくれたし、あの頃は世界が輝いていた。
警察にも淡い幻想を抱いていたのかもしれないが、仕事で外を駈けずり回るのにも確かな充実感を覚えていた。
・・・そう、あの日までは・・・
大掛かりな事件捜査に初めて加わったときだ。
丁度、家族旅行を計画していた時期と被ってしまい、自分は仕事に向かった。
だが家族の旅行先でテロが起きてしまい、駆けつけたときには家族全員が遺体になっていたのだ。
無機質な白い部屋に並ぶ、いくつもの見覚えがある遺体・・・それを目にした瞬間に自分の存在意義を見失った。
自分は何のために警察になったのだろうか?
そのテロというのは、自分たちが追っていた犯人によるものだったのだから、悔やんでも悔やみきれない。
その後は根性で逮捕までこぎつけたものの、それによって家族が生き返るわけでもなかった。
そして・・・仕事の成果を挙げた成績が認められ、刑事一課に移転してもその疑問は拭い去れなかった。
自分が欲しかったのはこんな名誉でも、地位でもない。
市民どころか、身近な命一つ守れなかった人間。
それが自分。
何一つ大事なものが守れなかった人間。
これから守ってゆくものさえ見つからない自分。
「真夏さん?」
ハッとして思考の海から目を覚ますと、真夏は振り返って奏を見上げる。
気がつけばドアの前で立ち尽くしていた。
場所は真夏の自宅となっているマンション。
家族を失い、天涯孤独の身となった人間のよりどころである。
真夏はあの後、奏の頼みを引き受けたのであった。
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